桜舞い散る春のSEP。親というものは・・・。


はや道路に桜の花びら。
昨日、2015年春のSEP初日を迎えました。
そこで語られる、参加者それぞれのこれまでの苦しみの言葉が今朝もまだ頭に残っています。
夫婦間での争いが絶えない親、子が自分の気持ちを口にすることを許さない親、
子を愚痴のはけ口にする親、どこまでも子の人生に立ち入ってくる親、
そんな親の機嫌だけを気にして育ってきた彼女たち…。
自立できない人間を親として生まれてしまったことで、何歳になっても自分の人生を喜べない。
親というものは、子の生殺与奪、生き死にの権利を掌握しているだけに本当に罪深く、
そしてその影響の強さを改めて思います。
しかし、その親自身もまたそれぞれの親から傷つけられて育ったこともまた事実。
こうした「負の連鎖」をなんとか自分の代で断ち切り、少しでも人生を楽しめるようになること、
これこそが大切なことです。そのきっかけがSEP参加だったのでしょう。
彼女たちが参加を決断するまでには、長く深い葛藤があったはず。
悪いのは自分なのではという思いと必死で闘いながらメールを書いた夜。
それだけにあの場所で5人で共有する90分という時間は、とても貴重で深遠なものなのです。
今週から大阪市のこども相談センターでのカウンセラーとしての仕事が始まります。
親に傷つけられた多くの女性(母親)とたくさん出会うことでしょう。
私との出会いで、何かをつかんでもらえたらと願って向かおうと思います。