「お母さん、youtube、見て見て!」
娘が持ってきたノートバソコンをのぞきこむと、
まるで口パクかと思うくらい歌の上手な小さな女の子が
名前は、Charice Pempengco
フィリピンの子どもらしいが、小さな体に、あどけない顔
でも、声だけを聴いていると、まるでホイットニー・ヒューストン
両親も歌手という
才能は遺伝するのか
あまりのうまさに鳥肌たつが、怖ろしい
わが子は私の何を受け継いできたのか
そんな思いが頭をよぎってしまう
今日は成人の発達障害の勉強会に行ってきた
会場の半分強を、ひきこもりの子(といっても大人)を持つ親たちが占める
仕事をするでもなし、非行に走るわけでもない、
かといって、病院に行くのは絶対に拒否
親として意見すれば暴力をふるう息子を一体どうすれば、
深刻な質問がつづく
後半、まもなく40歳になろうという当事者の男性が登場
彼は長年の彷徨の末、最近よき職場を得て自立できたという
それまでうなだれていた親たちの表情がやおら活気づく
親たちはなんとかわが子を立ち直らせるヒントを得ようと、
必死に質問する
「働こうと思ったきっかけは」
「いやがる子には無理強いはよくないか」
「やっぱり家族はいっしょに住んで支援すべきか」
彼は答えた
「親には普通にしていてほしい」
いっしょになって心配してほしくないのだ、と
親たちにため息がもれる
いつも思うことだが
ひきこもりの会に参加する親たちには共通点がある
それは、子の人生に巻き込まれているということ
いくつになっても社会に出ることができない子どもを案じ、
365日、胸を痛めている
当事者の会に出て、病院や関係機関にも熱心に通う
だが、それが子どもに負担になっていることに気づかない
顔を会わせるたび口論になる
正論をぶつけ、子を追い詰める
なんとかしたいという気持ちはわかるが、
自分こそが人生を見うしない、深い苦悩に沈んでいる
もうそろそろいいんじゃないか
子が引きこもるのはあなたのせいではない
そうしていたいからしているのだ
ならばしかたがない、と腹をくくってはどうか
もう十分悩んだのだから、
あなたはあなたの人生を生きればいい
息子を置いて、外に出て、楽しむことだ
当事者の男性はさらに言った
自立にもっとも大切なこと、それは、
「家族以外の人と信頼関係を結ぶこと」、と
家族だからできること
家族だからできないことがある
手に負えないことは、人様にお願いして
肩の荷を降ろしていいのだ
そうしてあなたに笑顔が戻ってくれば、
子どもも肩の荷を降ろし、
自分なりの人生を探し始めるだろう
真面目で熱心な親は困っちゃうね
いつまでも親でいたがり、
どこまでも自分の価値観をおしつける
「ちゃんと生きなきゃだめよ」
ちゃんと、って何なんだ
「日本はまるで刑務所だ」
どこかの学会でそう言った男がいたな
けだし、名言
日本人よ、眉間の皺に気づいている?
もっと人生を楽しもう
ラテン系で行こう